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神戸地方裁判所 昭和41年(ワ)813号 判決 1968年5月24日

原告 上杉晴一郎 外六名

訴訟代理人 西川三朗之亮 外一名

被告 国

主文

被告西川は原告に対し別紙第一目録記載の宿舎を明渡し、かつ金一七九九月及び昭和四一年四月一日から右明渡ずみまで一ケ月金五一三〇円の割合による金員を支払え。

被告下川は原告に対し金九万三八三四円及びこのうち金九万〇一六八円に対する昭和四二年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用中原告と被告西川との間に生じた分は同被告の、原告と被告下川との間に生じた分は同被告の各負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、まず被告らの本案前の抗弁について判断する。

本件宿舎は運輸大臣の委任に基づき管理者である第三港湾建設局長において維持管理していることは、当事者間に争いがなく、しかして宿舎法施行規則二五条一項によれば各省各庁の長は明渡を求める訴の提起その他適宜の措置をとらなければならないとされている。本件の場合は管理者に右訴の提起の事務が委任されているかどうか必ずしも明らかでないが、委任されていないとすれば運輸大臣が、委任されているとすれば右管理者が当該事務を執行することになる。そこで、右規定は運輸大臣ないし管理者がその名において原告となることを認めたものであるかどうか検討されなければならない。思うに、当該原告適格については、本件宿舎の利用関係が私法関係公法関係のいずれであるにせよ、民事訴訟の例によるべきことは行政事件訴訟法七条の規定にまつまでもなく明らかであり、そして右法律関係の主体すなわち権利義務の帰属主体が国であることはいうまでもないところであるから、権利主体の国の名において訴訟を追行すべきであることは当然であり、かつこれで足りることはもちろんであるというべく、更にこれとは別個に右主体の機関に対して一個の原告適格を付与するだけの合理的事由もまた認めがたい。従つて、右規定は原告適格について定めたものではなく、管理機関の職務権限を定めたものと解すべきである。そうすると、本件の場合原告となるべき者は国であり、その代表者は法務大臣となる(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律一条)。よつて、被告らの右抗弁は採用することができない。

二、ついで本案について判断する。

請求原因第一項の事実は当事者に争いがなく、同第二項のうち貸与承認の法律上の性質の点を除いて事実関係については被告らはこれを明らかに争わないので、自白したものと看做す。

それでまず貸与承認の性質について考えるに、これが職員の貸与申請により管理者の承認によつてなされるものであることは宿舎法施行規則八条、及び九条の規定に照らして明らかであるが、このことからすぐにその性質が決定されるべきものではなく、宿舎法の目的、貸与条件の決定方法など全般的な立場から検討されなければならない。そして右観点から見ると、有料宿舎である本件の貸与承認の性質は、相手方の同意を要件とする特殊の行政行為であると解するのが相当である。従つて、これによつて設定された本件宿舎の利用関係は、公法上の法律関係たる性質を有するといわなければならない。

三、原告主張のように公務執行妨害により被告西川が懲役三月執行猶予一年の刑に、被告下川が懲役二月執行猶予一年の刑に各処せられ、いずれも右刑が昭和四〇年九月二一日確定したことは右当事者間に争いがない。

国家公務員法七六条の規定によれば、職員が禁錮以上の刑に処せられたときは、人事院規則に定める場合を除いては、当然失職するとされているところ、いまだ右人事院規則の定めがないことは当裁判所にとつて顕著な事実であるが、右除外すべき場合のあることを法が予定していることから、禁鋼以上の刑に処せられたときでもこれが欠格事由とならない場合が考えられないではないにしても、被告ら主張の事由は前記確定判決の事実認定の当否を論じる限りでは直ちにこれに該当するとは解しがたく、また被告らが懲役の刑に処せられたのが、その主張のような犯情の公務執行妨害であつたとしても、これを右除外例となすべき特段の合理的事由もまた見出しがたい。

そうすると、本件の場合被告両名は右刑の確定した昭和四〇年九月二一日をもつて当然に即ち何らの処分も要せず自動的に失職するに至つたものと認めることができる。

四、従つて、右失職によつて被告両名が職員でなくなつたことは、宿舎法一八条一項一号の規定に該当することとなつたこと明白であるから、同条の定めによりその日から二〇日以内に被告両名は本件宿舎を明け渡さなければならないことになつた。それで、被告両名が明渡猶予申請をしたことは当事者間に争いがなく、右申請に対し管理者が宿舎法一八条一項ただし書、同法施行規則二四条の規定によりいずれも明け渡すべき日を昭和四一年三月二〇日と指定してこれを承認したことは、被告らが明らかに争わないので自白したものと看做す。なお、被告らは右明渡猶予申請は明渡義務を認めてこれを申請したものではないなど主張しているが、右明渡義務は前示のとおり右条項に該当することによつて法律上当然に生じるものであつて、被告らの承認を必要とするものではなく、これを欠くからといつてなんらその効力が左右されるものでないから、被告らの右猶予申請に対して管理者が右法令に従つてなした右明渡期日の指定と承認もまた、もとより有効であるといわなければならない。

よつて、被告らは宿舎法一八条一項ただし書、同法施行規則二四条の規定による右処分によつて同法一八条一項に従い昭和四一年三月二〇日限りそれぞれ当該宿舎を明け渡すべき義務を負うものであり、従つて右期日経過後もなお右宿舎を使用することは不法占拠にあたり、当然に国の財産権を侵害したことになるからその損害をも賠償しなければならない。

しかして、右損害の額については、宿舎法はこれを法定し、本件のような場合右明渡指定期日の翌日から明渡の日までの期間に応ずる当該宿舎の使用料の額の三倍に相当する金額としている(宿舎法一八条三項、同法施行令一四条)。従つて、本件の場合被告らは右金額による損害金を支払わなければならないわけである。これに対して被告らは右損害額は家賃相当額であるからこれを一律に定めることは不当であり具体的な算定基準によるべきである旨主張しているので、これについて考えてみるに、なるほど右損害額が一般に家賃相当額であるとされることはその主張のとおりであるが、しかしながら宿舎の使用条件に関し予め損害賠償額を定めておくこと、しかも法令の規定によつてこれを明示しておくことは、当事者間の法律関係を明確にし無用の紛争を避けることにもなり、妥当な措置であつて、不当であるということはあたらないし、更にその額が使用料の三倍とされたことが直ちに家賃相当額を超えるものであるとみることはできないし、なお本件の場合後記認定の損害賠償金の額が仮に本件宿舎を一般の借家とみてその家賃として想定した金額と比較してこれよりも必ずしも高額であるということができないから、結局右主張は採用の限りでない。

五、そこで原告の被告西川に対する請求について判断するに、同被告が当該宿舎を使用していることは前記のとおりであり、当該宿舎の使用料の額が右明渡指定期日当時一ケ月金一六九〇円、昭和四一年四月一日から一ケ月金一七一〇円であつたことは同被告において明らかに争わないから自白したものとみなすべく、したがつて同被告は前項説示のとおり、当該宿舎を明け渡すべき義務を負うとともに、損害賠償金として、右明渡指定期日の翌日である昭和四一年三月二一日から同月三一日までの分として一ケ月金一六九〇円の三倍に相当する金五〇七〇円を日割計算した金一七九九円、及び同年四月一日から明渡ずみまで一ケ月金一七一〇円の三倍に相当する一ケ月金五一三〇円の割合による損害金を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

なお、被告西川は、原告の本件明渡請求は権利の濫用である旨主張するが、その主張にかかる諸事情が仮にそのとおりであるとしても、右事情から本件明渡請求権の行使が権利の濫用にあたるものとは到底推認しがたいので、その立証をまつまでもなく、右主張は採用することはできない。

六、続いて原告の被告下川に対する請求について判断するに、同人が前記明渡指定期日経過後の昭和四二年一一月五日かぎり当該宿舎を明け渡したことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、前項説示のとおり当該宿舎を不法に占拠したことになるのでその期間につき損害賠償金を支払わなければならないところ、当該宿舎の使用料の額が右明渡指定期日当時一ケ月金一五二〇円、昭和四一年四月一日から一ケ月金一五四〇円であつたことは同被告において明らかに争わないから自白したものというべく、しかしていわゆる延滞金の請求については、本件宿舎使用の法律関係が公法上のものであるとしても、その性質に反しない限り民法の規定の類推適用を肯定しうるのであつてこれを排斥すべき理由に乏しく、右法律関係の性格から民法四一五条、四一九条の規定の類推適用を許容することができるのであるから同被告が原告に対して支払うべき損害金は、右明渡指定期日の翌日である昭和四一年三月二一日から右明渡をした昭和四二年一一月五日までの損害賠償金として金九万〇一六八円、右期間の損害賠償金の遅延損害金(延滞金)三、六六六円以上合計九万三八三四円(別表の計算表通り)と右損害賠償金九万〇一六八円に対する昭和四二年一二月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(延滞金)となること明白である。

七、よつて、原告の本訴請求はすべて理由があるので認容し、民事訴訟法八九条、一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 福島敏男 熊谷絢子)

第一目録、第二目録<省略>

別表<省略>

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